先に進む(亀有)
大学時代の友人に、羨ましいと思う子がいた。私の通っていた大学はファッションを学ぶための学校だった。学科によって学ぶことは違うのだけれど、彼女の熱量やファッションにかける想いというものが、他の子とは違っていて、私の熱量なんか到底及ばない子だった。仮にNちゃんとしよう。
Nちゃんは地方の出身だった。いつからどうしてファッションに目覚めたかは知らないけれど、高校時代から英語に人より興味があって、留学なんかもしていた。寮で出会って話していくにつれ、彼女のみている世界はとても広いものだと思った。スケールがどこか違うのだ。私は日本で生まれ育ち、外国に強い興味もなかったから、海外に行きたいなんて思いもなく、日本で当たり前に生きていることになんの疑問も持たず生きていた。Nちゃんは校内でわずかな人しか行けない海外留学を目指していた。英語の勉強もファッションの勉強も人一倍していたのだろう、そのわずかに選ばれて、ニューヨークにある学校に一年間ほど行くことになった。当時の私は、すごいね、頑張ってね〜としか言う他なかったが、今思えば、私ももっと頑張れたんじゃないか、もっと勉強することがあったんじゃないか、と思う。
Nちゃんはニューヨークから帰ってきても、学外で衣装のお仕事をしたり、学内でも頑張っていた。彼女はどこか達観していて、私より大人びて見えた。価値観も考え方も、私にはないものだらけ。けれどNちゃんに対して羨ましいとか達観してるねとか言うこともなかった。言えたのは卒業して5年以上経った最近のことだ。
大学を卒業して、私もNちゃんもファッションの会社に入った。しばらくしてお互いその会社も離れたのだが、今も好きなことを仕事にしている。
プライベートはというと、私とNちゃんは正反対だ。Nちゃんは仲良しメンバーの中でも、一番早くに結婚した。穏やかで優しい旦那さんと。一度、私の高校時代の友人と4人で音楽フェスに行ったことがある。私もその友人も、結婚願望はあるがいまだにその兆しはない。忘年会と称して最近会ったら、Nちゃん達の話になり、2人の間に生まれた子どもがつい先日1歳になったと言うと目を丸くしていた。
仲良しメンバーも次々に結婚、出産をしていて、きっと私だけ取り残されるのだろう。まだ焦りはないし、もう少し自分のために生きたい。文章を書いて、仕事をして、好きな服を買いたい。結婚は考えるけれど、子どものことまでまだ考えられないのが現実だ。
Nちゃんとはよく連絡も取り合うのだが、子どもにあげたいプレゼントがあったので9月ぶりに会うことになった。クリスマスのシーズンになっていたので、ちょっとしたサンタクロースだ。新居にお邪魔したい、と言ったら快く向かい入れてくれた。子どもは寝ていたのだが2時間くらいで起きてくれ、プレゼントで一緒に遊んだ。遊んだというよりも遊んでもらったというほうが近い。もともと図書館に行こうと計画していたので、せっかくならと亀有にある絵本の図書館・ミッカに行くことにした。もう冷たい風が吹き付けていて、瞬きを知らないNちゃんの子どもは目に涙を溜めていた。
ミッカは商業ビルの7階にあって、私も母も大好きな絵本『こんとあき』の林明子さんの展示もしてあった。Nちゃんの子どもは、絵本そっちのけで動き回り、段差という段差を上り下りしていた。そんな姿を見ては笑顔が溢れ、写真ばかり撮っていた。
Nちゃんはすっかり結婚をし、子どもを産み、立派なお母さんになっている。いつも目先のことばかりでダメな私にしっかりとアドバイスをくれる。どんどんNちゃんは私の先を進む。お母さんになるってどういう感覚なんだろう。想像もできない。
Nちゃんが好きな作家さんの本を借りた。読むたびにNちゃんの顔が浮かんで、羨ましさや追い付けなさは変わっていない気がした。
それでも思うのは、私は私だということ。ミッカで、小学生の女の子に「私もちょうちょ好き」と声をかけられた。ちょうちょは、久しぶりにネイルをして、ちょうちょのパーツをつけてもらっていたから、その指先に止まっているものを見て言われたのだ。きらきらしたちょうちょや石の指先はうっとりするけれど、生活はしにくい。きっと家庭があって家事や育児があればできないものだろう。私の好きなものはまだどこか幼くて、少女のつづきなのだ。
「可愛いよね。お姉ちゃんも、ちょうちょ好き。」
好きなものは好きでいていい。我慢したり大人ぶったりする必要はどこにもないのだ。先に進むNちゃんと、私のスピードで進む私は、きっとどっちがいいとか正しいとかないのだ。自信をなくしたりもするし、これでいいのか不安になったりするけれど、私だけの速さで、進んでいく。亀有で手を振りあい、正反対の電車に乗った。