my all, my room(荻窪)

国分寺の寮を大学2年の冬に出ることにした。確か、2月か3月だった。門限が厳しいことと学校まで1時間ほどかかっていたことが退寮する大きな理由だった。いざ寮を出るとなると、家電や家具を揃えないといけず、家電は量販店と無印良品に、家具はIKEAに買いに出かけた。IKEAは友達と行って、雅(あきら)という大学の女の子に案内してもらった。あきらはお人形みたいな女の子で、彼女しか持ってない感性が好きだった。今、どこでどうしてるんだろう。大学の友人のなかで唯一消息が不明だ。生きてる感じがしなくて、どこか現実味がない女の子だった。どこでもいいから元気に生きていてほしいな。

あきらと行った初めてのIKEAはとても広くて驚いた。父からもらったお金のなかで家具を選んだ。一番のお気に入りはベッド。お姫様みたいで白いものだった。マットレスが2枚あって、引き出しを開けるとダブルベッドになる仕組みだった。他に大きな買い物はそこまでせず、ベッドにお金をかけた。

部屋は新宿の不動産屋で決めた。学校からほど近く、今考えるとすこし怪しいところだった。住む場所は中央線がよく、さらに言えば西荻窪がよかった。どうしてかというと、当時好きだったアクセサリーや小物のお店が西荻窪にあったからだ。中央線は2年間使っていて好きになっていたし、あたらしいところは不安があった。西荻窪の近くで、オートロックあり、2階以上、が条件。徒歩分数はあまり気にしていなかったので、不動産から提案されたのは西荻窪のマンションと、荻窪のマンションだった。部屋の広さか何かがきっかけで、西荻窪ではなく荻窪のマンションに決めた。荻窪とはいえ、西荻窪方面に15分ほど歩いた場所にあって、好きなお店まで自転車があれば行けますよ、と不動産屋さんに言われたのを覚えている(しかし自転車で行ったのは片手で数えるくらい)。

荻窪の部屋にはベランダがなく、すりガラスがあって、となりのマンションのベランダがちょうど見える高さだった。ここが、わたしの、住む街になるんだ。風が気持ちいい日、ベランダからの青空を見て、これから住む部屋を、街を、嬉しく思った。

引っ越しは、IKEAに続いてあきらと、ほなみが手伝ってくれることになった。大きな家具家電がないので、自分たちで引っ越しをした。ほなみが国分寺から荻窪を何度も運転してくれた。荷物の運搬は夕方に終わって、雨が降っていた。きゃーきゃー言いながら車から部屋まで荷物を運んだ。荷物が運び終わって、夜から朝方にかけてベッドを組み立てた。予想以上にベッドが大きくて、部屋のほとんどを占めた。組み立てるのに一苦労して、深夜のテンションになったがなんとか完成して、3人で眠った。

2人が帰って、いよいよ一人暮らしが始まった。すこし遅れたホームシックになったりもして、なんとか楽しくやっていた。荻窪駅から15分ほど歩く家までの道、たまにバスに乗ったりしていたが、ほとんど歩いていた。歩いていると近所にイタリアンのお店があって、すごくよくしてもらっていた。感性がちょっと似ているお兄さんが一人で営んでいた。落ち込んだ時はわたしだけのスペシャルメニューをコースで出してくれ、千円でいいよ、またきてね、と言ってくれるような優しい人だった。親友が東京に遊びに来た時はかならずここでごはんを食べた。大切な人を連れて行きたくなるお店だった。今はもうやっていないお店で、でも、あたらしい場所で元気にしているのをインターネットで見た。いつかその場所に行きたいとずっと思っている。

住んでしばらくして、素敵な本屋さんも近くにできた。店内の奥では、店主の奥さんがカフェをやっていて、本を買って、カフェで読んだり、作業をしたり、そのあと映画や演劇を観に行く、という流れがわたしの休日となった。店主とも奥さんともよく話した。今も時々通っている。

本屋の近くには、音楽の趣味が合うお姉さんのケーキ屋さんもある。ケーキも焼き菓子もおいしい。気まぐれでやっているので、会えないことも多い。

大学を卒業して、就職をしても、同じマンションに住んだ。特に引っ越すあても理由もなかった。仕事が始まると毎晩遅くて、歩く気力もなく、タクシーで帰った。すこしずつ限界が近づいて、家についても、コートすら脱げず、ぼうっとするようになった。

色々あってこの家に一人で住むのは難しいということになって、引っ越し準備すらも一人でできずやってもらい、次の街へばたばた越した。わたしがちゃんと、一人暮らしをしたのは、この街がすべてだった。

引っ越してからも、たびたび通りかかったり、訪れたりするのが荻窪だ。今も好きな街。大事な街。部屋を埋め尽くすほどの映画のフライヤーや演劇のポスター、好きなポストカード。狭くて決して綺麗じゃなかったけど、わたしだけの部屋だった。好きな人が狭い〜、と言いながら泊りにきてくれた。大好きな人からのメールで泣いた誕生日、抱きしめてもらって、近くの大きい公園で遊んだ。その公園で、市子ちゃんが歌う声も聴いた。

東京で、わたしが初めて、一人で息をした場所。きらきら光ったまま、思い出は、消えないでいる。

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